シナリオ:YOG
キャラクター!:#鏡のジャック
🔮<聖杯♥️ 女王 > 善良で公正な女性/幸福/叡智
今晩の野営地に選んだのは、都市に程近い場所だった。
ここは人通りが少ない僻地であるにも関わらず、見渡す地平線から地平線へと白っぽい石畳が敷き詰められて続いている。世にも珍しく整備の行き届いた街頭で、ここならば月明かりのない深夜でも見失う心配がない。
ただそうやって道が整っているからと言って、他の危険までが解消されているわけでもなかった。無理やり敷いた街道の大部分は森林の最中に食い込み、しょっちゅう野生動物と鉢合わせるし、野盗にとってもここの通行人は格好の的だった。
平穏とは言い難い環境をキャンプ地に選んだ理由は、特にない。ジャックとしては、歩く道のりさえ分かれば何だって構わなかった。それこそいっそ、道自体がなくたっていい。歩き通して疲れた頃がちょうど日没と重なった、それだけの理由で今日のキャンプを設えたのだ。
🎲1d20 → 3
迷子の豪商
ぱきり、と枝を踏む音がした。
火を起こして、さて何を食べようかと荷物を漁り始めた頃合いに聞こえたのは、動物の立てる音ではなかった。荷物を放って剣を引き抜くと同時に、降参の声色が届く。「怪しいものではございません!」と、悲鳴のように甲高い男の声だ。
ふくよかな丸い顔が、暗がりから覗いた。機動性に欠ける大荷物を背負っているし、裕福そうな身なりであることがこの暗闇でも分かる。商人だ。
話を聞いてみることには、食事を分けるから火を貸してほしい、と言うことらしい。――挨拶よりも先に剣を抜いた相手へそうやって申し出るのは、相当に呑気でなければできないことだ。この丸顔の商人は、だいぶん和やかな育ちであるらしかった。
実際、振る舞いも穏やかなものだった。ジャックが剣を収めれば、商人は嬉々として食事の支度を始める。焚火のそばに並ぶのは、小さな角が三本生えたイノシシの肉と、南の岩窟で採れる塩、付け合わせには森の魔女から買い上げたという干したハーブ……。
どの品の売り文句も、行商人としてはやや地味なもので、だからこそ真実を述べているのだろうという実感があった。
香ばしい焼きたての肉を齧りながら聞いた話によると、彼は諸々の理由で家を追い出された貴族階級で、行商として近隣の都市を回っているとのことだ。目利きも交渉も自信のある学識者だが、唯一武闘だけはからきしだと。なぜ護衛を付けないのかと尋ねると、日没前にはぐれたばかりらしい。数人の盗賊に襲われ、逃げ出したらいつの間にか姿が見えなくなっていたと。そして、野営の支度はその護衛に持たせていたと。
「この街道上にいれば目的地の方向が分かりますから、ともかく今晩だけしのげばよいのです」――猫舌の商人は、淹れたての茶に肩を竦めた。
商人は、主に食品や調味料の類を扱っている小型の酒保商人だ。紹介された品目の中でジャックが買い付けられそうなものは、なかった。旅人には向かないほど高価なのだ。そんな貴重な一飯と火種とが同等の価値になるのだから、得をしたと言っていいだろう。己にしては幸運だった、と、口には出さなかったが。
🔮<21 世界> 完成/永久不滅/約束された成功 // 衰退/低迷/調和の崩壊
食事を済ませて食器もほとんど片した頃、ジャックは一つ尋ねた。手鏡にまつわる噂を聞かないか、と。
丸顔の商人は笑って頷いた。面白い逸話がありますよ、と語り始めるのはこういう話だ。
あるところにお姫様がおりました。お姫様は誕生日にもらった手鏡をそれはそれは気に入り、毎日ぴかぴかに磨いてそのかんばせを映していました。どんなに暗い気持ちのときでも、その鏡を持てば不思議と自信を持てる気がしたのです。ただし、召使らには指一本触らせようとはせず、自分一人だけで大切にしていました。
ある日、お城に山賊が攻め入りました。戦いの心得がない城員は呆気なく打たれ、殺されていきます。ついにはお姫様も頭を打たれて無残に殺されてしまいました。
その手から転がり落ちた鏡を、山賊の一人が拾います。山賊は血で汚れた鏡の価値を浅く見て、二束三文で売り払ってしまいました。
見る人が見れば分かる王族の紋章入りの手鏡は、誰とも知れぬ人間の手を渡ってゆき、その行方は知れなくなりました。
在りし日の城を知る人々は、やがて零落の象徴ととらえるようになったのです――。
むしろ童話でしょうか、と商人は笑った。ジャックは笑えなかった。
🔮<剣♠️ 2 > 均衡/条件付きの調和/
商人の朝は早かった。しかしこのまま街道に留まり、護衛との合流を待つという。
彼は一晩のキャンプの礼だと言い、先に旅支度を済ませたジャックへと小さな包みを差し出してきた。
昨晩に話を聞いた、水と反発するという茶色い粒の香辛料だ。この小包の分量でいくらするのかと尋ねかけて……やめた。選別というなら価値を探るのは野暮だ。ついでに、払えない価値は聞かずにおくというのも潔さでもある。
背嚢に小包分のわずかな重みが増えた。こうも朗らかな見送りを受けるのは、いつ振りだろうか? ……ひと匙の懐かしみを覚えながら、土に汚れた石畳を踏んでゆく。